カフェ 豆知識

フランスのカフェ

パリでコーヒーが一躍注目を浴びるきっかけとなったのは、1669年のトルコ大使ソリマン・アガのパリ着任です。ソリマン・アガは、滞在中に宮廷貴族を招いて豪奢なコーヒー・サロンを催し、社交界の話題をさらいました。これ以降、コーヒーはパリの上流階級に定着していきました。一方1672年、アルメニア人パスカルがサン=ジェルマンの博覧会に仮設のカフェを出して評判をとるなど、上流階級へのあこがれもあり、一般市民の間でもコーヒーが徐々に認知されるようになりました。

こうした下地の上に、1686年、初めての本格的なカフェ「プロコブ」は、薄暗いキャバレやタヴェルヌの空間とは一線を画し、当時の贅の象徴であった鏡、タピストリー、大理石のテーブル、そしてシャンデリアを備えた華麗なカフェで、パリの上流階級の話題を集めて、見事な成功をおさめることができたのです。この「プロコプ」が18〜19世紀を通じて、フランスのカフェのプロトタイプになり、「プロコプ」の出現によって、同様の社会的機能を担っていたキャバレなどの居酒屋とカフェのすみ分け、つまり、キャバレ=下層の民衆と酩酊、カフェ=上流・知識階級と覚醒、という基本的図式が確定しました。そして、「理性の世紀」であるフランスの18世紀は、カフェの黄金時代となりました。

ほぼ半世紀先行したロンドンのコーヒーハウスを資本主義の実験場とするなら、18世紀前半のパリのカフェは、近代の知の発信基地ということになるのでしょう。殊に「プロコプ」、そして、この時代を代表するもう一つのカフェ「ラ・レジャンス」は、ルソーをはじめ数々の啓蒙知識人、学者をひきつけ、会議と議論の場を提供し、18世紀フランスの最大の文化遺産といわれる「百科全書」の成立にも大きな貢献を果たしました。

18世紀のカフェの多くは「プロコプ」に倣った豪華な内装で、飲み物はギルド(同業者組合・カフェ=リマナディエ)の規制でコーヒー等ソフトドリンクとアイスクリーム、リキュール類に限られ、ワイン・ビールそして食事も提供できませんでした。新聞・雑誌を置くほか、ビリヤード、カードなどのゲームを用意していましたが、特にチェスは人気が高く、チェスの名手はカフェの主役でした。

さらに18世紀後半になって、カフェが大衆化すると、音楽、寸劇、踊りなどのアトラクションで客寄せする店も現れました。

革命前夜の1788年には人口60万人のパリに1800軒のカフェがひしめいていました。この数字はもはやカフェが特権階級と知識人の黄金郷たりえないということをしめしています。メルシエは「パリの情景」の中で、この時代のカフェを「閑人の避難所であり、文無しどもの隠れ家である」と称しています。カフェは革命でも大きな役目を果たしました。

19世紀をむかえ、カフェは徐々に大衆化して日常的な慰安の場へと変質していきました。さらにギルドの制約が外れ、アルコール類や食事を自由に提供できるようになり、カフェ=上流・知識階級・覚醒のイメージは過去のものとなりつつありました。

こうした状況で、カフェは主に2つの方向へテリトリーを広げていきました。ひとつは再び高級化への方向をとったカフェ=レストランという業態で、18世紀後半に誕生したレストランと結びつき、洗練された料理を提供して、新たに支配階層となったブルジョワジーを顧客に取り込んでいきました。

もうひとつはワイン・ビールなどのアルコール類をとりこんだより大衆的なカフェで、キャバレ、タヴェルヌ、ガンゲットなどの伝統的な酒場や、19世紀に登場するブラスリー、ビストロなどの食事を提供する居酒屋と境界線が溶け合っています。

こうしてフランスのカフェは「プロコプ」を原型とする伝統的なタイプをコアに、需要の多様化に適応して、さまざまな形態に分化しながら、現在に至るまでフランスの社会生活に根を張り、文化の形成に大きな役割を果たしています。

cafe dictionary カフェ 自己紹介 cafe dictionary カフェ サイトマップ
トップページ
カフェの成り立ち
カフェとは?
日本におけるカフェ
世界のカフェ
イギリス
フランス
イタリア
アメリカ
オーストリア・ドイツ
ユニークなカフェ
サイエンスカフェ
コンセプトカフェ
動物カフェ
カフェの豆知識
パリのカフェに日本食
日本初のカフェ
有名人が集まるカフェ
変わった場所にあるカフェ